文責:南 昌宏のレース戦記
2006年10月号:増刊


全日本実業団サイクルロードレースin飯田 レース戦記
レース経過
 2年目の飯田大会は、快晴に恵まれ10月15日(日)天竜侠の絶景が近くに見下ろせる、飯田市郊外の「今田平」をスタート、ゴール地点として開催された。
コース内の山岳地帯には、リンゴ園が散在し、りんご狩りを受け入れる最盛期、秋の味覚がほのぼのと漂っていた。
定刻9時04分BR−1の選手138名が、飯田市長の号砲でスタートし115kmのアップダウンの厳しいコースに飛び出した。
本年度より設定の実業団「J・ツアー」最終戦となったこの大会は、国内トップクラスの選手ほとんどがエントリーし
9月開催の全日本実業団選手権を上回るメンバーが出走していた。
前半戦のスピードレース
集団に取り残されたJ・ツアーリーダー選手の苦戦
 1周回目(周回距離11.5km)早くも5名の選手が集団から飛び出し、
ラップタイム18分40秒(平均・時速37km)で通過していった。
後続の選手は縦一列の長い追走で10秒〜30秒のビハインドである。

 予想していたよりも1分以上早いタイムで、本年度から実業団レースの
復帰したブリヂストン勢が直前の富士山ヒルクライムでの優勝したエース
の田代 恭崇選手を囲み、若手の2名(山本 幸平、畑中 勇介)とJ・ツアー
1発第逆転を狙う、山本 雅道にエース野寺 秀徳ががっちりサポートしての
シマノレーシングのメンバーであった。

 2周回目に入り、追いかけていた集団から橋川 健(マトリックス、昨年の優勝者)
と関東地区のクラブチームの大手、なるしまフレンドで今なおプロライダーへの
飽くなき挑戦で走っている二戸 康寛選手が先行5名に追いついた。
 2周回目のラップは19分台前半のタイムであったが、それでも平均時速
36.2Kmのスピードでハイペースである。このため4分先にスタートした
BR−2の逃げている選手を追い越す距離までに迫る勢いであった。

 先頭グループ7名に20秒離されて追いかけている大集団の前方の位置には、
ミヤタの司令塔、三船 雅彦を始め、J・ツアー勝を狙う各チームの主力選手の
ゼッケンが見られたが、チームランキング1位を明渡してからここ3,4戦精彩を
欠いている愛三工業の選手は見られずエースの西谷、盛の若手選手の欠場が
響いているのであろうか。

 スタート前、このレースで実業団を引退する田中 光輝、新保 光起選手の
走りも往年の気迫なくいささか淋しく時代の流れが感じられた。実業団選手権
レースの常連として田中選手は17年、新保選手は13年の実績で実業団レース
を盛り上げた功績は敬意を表する。


←レース前の引退セレモニーで花束贈呈の様子
 3周回目に入り7名の逃げと追う集団との駆引きの途中情報に、このレース
の前途を占う新しい展開の変化を期待するスタート/ゴール付近の観客は、
審判車から無線で入ってくる情報を実況している、飯島 美和さんの放送を熱
心に聞き入っていた。

 7名の先行グループに変化が起こった。初回より先行していた、山本 雅道と
畑中 勇介は遅れた。ともに本年の実業団シリーズ戦・Jツアーの優勝者(山本
選手=東日本、丸岡、いわき・畑中選手=西日本)である。やはりスプリンター
にとってはこのアップダウンのコースは厳しかったものと思える。

 かわってこの回は周回賞がかかっていることもあり、得意の山岳区間でスパ
ートした土井 雪広(シマノ)が単騎集団を抜け出し追いついた。実業団個人TT
の栂池ヒルクライム1勝の実績は現在の実業団U−26ではトップクラスの選手
としての実力発揮である。追いついた土井選手は4周目に入る3周回終了の
ラップを取り「周回賞」を獲得してしまった。

 この6名を追って先行グループに追いつくため集団からの抜け出した、
岡崎 和也、鈴木 真理選手の2名がわずか4〜5秒の差で通過しており、
この周回で追いつきレースを振り出しに戻し新しい展開を期待されたが″・・・。
中盤戦の攻防
J・ツアーランク上位3名リタイヤ、焦点は優勝者は誰!に絞られる。
 何とか先行グループに追いつき一息入れたい、岡崎 和也の懸命の追走も
マークしていればよい鈴木真理を振り切るパワーが見られず、逆に6名対1名
の走りで差がつきこの周回大きく離され集団に吸収されてしまった。
 集団はこの時点2名のすぐ後、数十名続いていたが、岡崎を引き上げるべく
真鍋 和幸のNippo勢が前に出るだけで、スピードが上がらない。先行グループ
に選手を送り込んでるブリヂストン、マトリックスとミヤタはむしろ押さえ気味。
愛三が元気なく、5周回目に入る時には、1分30秒の差がついてしまった

 5周回には遅れていた山本 雅道がリタイヤ。この時点のレース状況から
J・ツアー総合3位は確保できると見てのレース中止と思えた。
 ミヤタの司令塔、三船 雅彦も岡崎の追い上げがむずかしい状況の展開で
鈴木アドバンテージが守れるとの判断からであろう、若手に後を託しリタイヤ。

 6周目には4分近いリードで後半の3周回に入った先行グループは5名で
あった。初回からチームのエース田代のアシストで頑張っていた山本 幸平が
5周目のラップを取ることでグループのスピードを上げた走りで役目を果たしたか
のように千切れていた。
集団に岡崎を引き戻れなくなった、真鍋はシマノのアシストに撤しての走りをしている広瀬 佳正、大内 薫と15〜20名の第2周団の前方で
J・ツアーランキングの順位争いに加わっていた。J・ツアーランク上位は勿論、U−26のトップの最短距離に位置している中村 誠(ミヤタ)を始め
若手ライダーの多くが厳しいコースに耐え走行していた。
 先行していたグループに追いつけずJ・ツアーチャンピオン逆転の望みがなくなった岡崎はここでリタイヤ。
鈴木も山本のレース中止を見届け戦列を離れた。J・ツアー最終戦で早くも上位3名が中盤で姿を消してしまったことは、
来年度J・ツアーポイントおよび参加回数等の仕組みの検討の必要性を感じた中盤戦であった。
終盤戦の争い 若き次代のエース土井 雪広(シマノ)逃げ切り圧勝
田代 恭崇、野寺 秀徳(全日本タイトルホルダー)を撃破、、橋川 健(前年の覇者)力尽きる
 残り3周回の7周目トップ通過は5名(田代=BS、野寺=シマノ、二戸=なるしま、
橋川=マトリックス、土井=シマノ)の先行グループから山岳コースに強い土井選手が
抜け出し追走の2名(野寺、田代)を7〜8秒離して通過した。
 この回のラップは20分25秒(33.7km)まで落ちたが、すでに2時間を越えている
レースでしかもアップダウンがきつかったため各選手に負担を強いたのであろう。

 周回ごとに関門所で打ち切られる選手が回を重ねるごとに多くこの時点では28名
が競走に参加している状況であった。スタート時に比べ風がかなり出てきていたため
周回ペースは落ちている。

 この周回終了時には、完全に二戸、橋川は遅れていた。チームの同僚が逃げて
いるため野寺はペースを上げないめ田代と土井の1対1の戦いとなり、土井が有利な
展開になった。

 8周回通過で55秒、9周回で1分47秒と差を広げ、1人旅勝負あった後半は、
快調に独走態勢に入った土井選手の強さが目立ったレースで終了した。野寺と田代
の2位争いは田代が先着、4位以下は完全にバラケ、24名が完走したにすぎなかった。
  優勝した土井選手は、このシリーズ設定されていた、Uー26のランキングトップでは
トップの中村選手(ミヤタ)に届かずであったが飯野 嘉則(ラバネロ)を抜いて2位になり、
今シリーズ2勝目(6月開催のJ・シリーズ3戦、栂池大会優勝)に華を添えた走りを示した。

 中村選手も最終戦、9位でゴールJ・シリーズベスト10の8位、土井選手は10位でと
健闘した。このレースの特筆すべきは、10位までの入賞者でU−26の選手が5名は
入っていたことであり、来期のレースにこれに続く若手の選手の輩出を願って1年間
12戦を走りぬいた選手諸君に心よりその健闘に拍手を送り筆をおく。
J・ツアー2006の12戦を終了して
 昨年と同じく実業団ロードレース12戦が終了した。今年は4月の東日本実業団を
第一戦として開催したが、各カテゴリー昨年を上回るエントリーで終了することができた。

 特に画期的であったのが全日本実業団選手権(経済産業大臣旗)では国内レースで
始めてチームカーの走行を実施し、世界の基準に近ずく運営面への1歩を記したこと
である。また、スポンサー、チームの登録費の協力で小額ながら「賞金レース」ができ
レースの活性化につながったことである。

 来期は、まだ計画の段階であるが、J/ツアーとして12〜13戦を予定している。
実業団選手権は、公道レースを基本で三重県熊野市周辺、東北地区の新規公道
レースの実施、昨年中止になった兵庫県滝野のレースを予定し、その他でも交渉中の
公道レースも実現するため努力している。12月の実業団臨時総会までには概ね発表
できる予定であるので、加盟団体の選手の皆さんは、シーズンオフのトレーニングに
励み世界を目指す力の養成で実業団レースを土台に飛躍してもらいたい。

 実業団創立の趣旨である「世界に出戦える選手の育成」のため連盟は来年も期待に
添える大会の提供に向い努力して行くことを追記しておく。

最後にJ・ツアーに特別協力してくれた各企業に感謝いたします。
<コメント集>

*ミヤタレーシング栗村監督
この日のUCIプロツアー「ジロ・デ・ロンバルデイヤ」 J・SKY解説を休んでレースの指揮。
鈴木真理の総合優勝にほっと一息。早くも来年のチーム編成を考えての最終戦。
鈴木選手「完走で締めくくりたかったが、Japan・Cupが控えており、フアン皆さんには
申し訳なかったが‥‥‥来期にこの栄誉をつなげます。

*山本 雅道選手(シマノレーシング)
「年間4勝を狙うには、このコース私にとって厳しすぎる。しかし見せ場はつくります。
1/2走れば誉めてください。来年は山岳に強苦なるため精進します」と
スタートしていった。

*大門(Team Nippo)監督
「当初、J・ツアーはチーム日程から全力を注いでいなかったが、岡崎の逆転は
気にしていない」といってはいたが、ヨーロッパから戻り、富士山ヒルクライムとこの最終戦、
日本でのレースに顔を見せていたことは本音に受け取れなかった。
ツール・ド・北海道総合を制した実力チーム、来期も実業団レースを盛り上げてもらいたい。
記 実業団専務理事 南    (写真はすべて高木 秀彰:撮影)

※なお、この飯田ロードレースの写真のほか、Jツアー2006すべての
レース写真がサイクリングタイム・ドットコムでご覧になれます。

↑クリックすると移動出来ます↑
ニューストップに戻る