文責:南 昌宏のレース展望・2006年9月号
号外














“06 実業団ロード選手権レース戦記
経済産業大臣旗第40回全日本実業団対抗サイクルロードレース大会は、
9月3日(日) 福島県石川町の公道周回13.6kmのコースで開催された。

このコースは、5年間実業団のカレンダーレースとして行われてきた場所で
本年も7月に「第5回サイクルロードレースin石川」を開催し、
出走した全選手にはおなじみの場所である。しかし、実業団の選手権レースと
しての格付けから全日本選手権に匹敵する180km超の距離としたため、
気候の条件からもサバイバルのレースが予想された。

42チーム(団体戦=大臣旗争奪戦対象資格15チーム含む)119名
のBR-1選手は、朝から青空が広がり真夏の太陽が1日中コース内を照りつけると
予想されていた午前10時定刻、学法石川高校正門前をパレード・スタートで出発した。

町内3kmのパレードの後、周回コース入り口からコミッセールの競走開始指示で
沿道に集まった多くの町民の声援を受けてゴールまで
5時間はかかる道のりのレースは開始された。
前半戦:田代恭崇(BSアンカー)レースを引っ張る。
これに若手上位チームの選手が続きハイペースの展開
13.6kmの周回コース13周に設定されているがゴール地点となっているところは
周回入り口から4km先のため競走距離は
パレード区間含め7kmがプラスされている。

周回板が掲示されているゴール地点手前100m(フイニッシュ地点は最終のみ
コースを外れやや上りのコースのわき道になっている)を
最初に大集団で通過して本格的にレースは始まった。

パレード開始から第1周目の13.6kmに入った時の経過タイムは13分48秒で
予定時間より早い。最初から集団を小さくするため周回路に
入った登り区間のスピードを上げての走りであっためであろう。

第1周回目は集団は崩れず先頭でラップを取ったのは橋川健(マトリックス)で
張り切っての通過であった。長丁場のレースにしてのラップ
21分05秒は(38.7km)は早くすでに1周回メイン集団が通過してからの遅れた選手が
10数人見られサバイバルレースの様相が早くもみられた。

 2周回目は集団からの抜け出しを賭けた選手のアタックでさらにペースが上がった
ため10数人が集団からこれに反応してメイン集団を引き離し
にかかる展開となった。先頭通過は田代、別府でエース同士の様子見の走りと思えた。
このレースは周回賞が設定されている。3,6,9周回通過時の1位〜3位の選手に
ポイントを付与し、その合計でトップの選手が対象となっている。
周回通過上位を狙う若手選手の動きで3周回目も21分0秒台のラップで、
集団を完全に抜け出した9名が91普久原奨(BSアンカー)を先頭に通過した。
9名の選手は次のメンバーであった。(番号順)

10西谷泰治(愛三) 14広瀬佳正(シマノ) 33山下貴宏・42増田成幸(ミヤタ)
49小室雅成(ダイハツ) 56石田哲也(Nippo) 59田代恭崇(アンカー) 
以上 J・ツアー参加メンバー 84向川尚樹(マトリックス)

 田代、広瀬、小室のベテランの他はずれも25才以下の選手で序盤の展開としては
若手の積極的な逃げで後半のレースの成り行きが楽しみな流れになると予想された。
 このグループに24秒のビハインドで26大内薫(シマノ) 35真鍋和幸(Nippo)を含む
5〜6名の選手が続き、メイン集団は1分33秒遅れての通過であった。
 1周回のラップを取った橋川選手はメイン集団からも遅れ1人で走っている姿が見え事故
(パンクは車体故障)にあったためとはいえ残りの周回を考えると大変なことである。
早く集団い追いつくことを願い注目していた。

 前半のこの展開は大臣旗、個人の優勝を狙っている上位チームの監督の作戦は
何を意味する動きであったか、愛三、ミヤタ、Nippo,マトリックスは、
主力選手温存でいずれ集団が追いついたときには、エース選手の出番で勝負に出る
作戦は定石通りと思われたが、アンカーのエースでこのレース優勝候補の1人に上げられ
ている田代選手の果敢な先行は普久原選手を利して集団を引張るだけ引っ張り本人の
後半の飛び出しでの勝負の戦いにすると思われた。
中盤の攻防:逃げグループの再編成と集団の追い上げ
9名の逃げと集団を抜け出していた6から7名のグループその後のメイン集団との
駆引きは2回目のポイント周回まで続けられた。
しかしメイン集団の追い上げは見られず、徐々に差を詰めてきた集団から抜け出してきた
数名の選手に追いつかれた。取り残された集団は相変わらず
2分前後で追っていたが、この時点ですでに打ち切り競走中止となっていた選手は
約半数となっていた。
 7周回終了の通過では、前半の逃げのグループの選手であった西谷泰治、石田哲也を
先頭に14名がメイン集団を2分35秒の差をつけていた。
14名のメンバーは、上記9名のメンバーと
18二戸康寛(なるしま) 26大内薫(シマノ) 28中村誠(ミヤタ)  35真鍋和幸(Nippo) 
132下林伸行(シルベスト)である。なかなか追いつけないメイン集団は
愛三のエース別府を中心とした列車隊列に追い上げ体制で猛追し、8周回終了では
50秒差まで迫る。

9周回目に入りついに先行グループ吸収かと無線を情報を待ち、振り出しの戻った後の
レースの残り周回の展開を予想していたが、ここで田代恭崇(アンカー)が
攻撃を開始したペースが速くなったため先行グループはばらばらになる。
この周の中間地点ではこのアタックでそれまで頑張っていたミヤタ・アンカーの若手アシスト
勢をはじめクラブチームの頑張っていた2〜3人も脱落、先頭10名であったが後続のメイン
集団の追い上げで30秒まで迫られると、さらに先頭グループはペースを上げたため、
5名の選手が付けきれず、10周回に入る周回板の前を通過する先頭選手は5名になっていた。
この時点、登りのコースの先頭グループの引き離しのためのハイペースの走りに、追っていた
集団のチーム間のローテーションがかみ合わず2分30秒の大差となってしまっていた。
終盤のドラマ:賭けに出た岡崎一也(Nippo)執念の逃げ決まり逆転優勝
ごぼう抜きでレースを盛り上げ、渾身の走りで喝采をあびた盛一大(愛三)
メイン集団の追い上げを振り切り、10周回終了での先頭通過は3周回から
常に先頭でレースを引っ張っていた

10西谷泰治、14広瀬佳正 56石田哲也 59田代恭崇と真鍋和幸(Nippo)5名であった。

先頭から脱落した5名のうちのミヤタ勢は集団に下がり柿沼章を先頭に中村他の若手で
列車を組んでの追撃体制で先行を懸命に追っていた。
J・ツアーリーダー鈴木真理を先頭集団い引き上げるためのチーム全員でのサポートである。
集団と5名の間に向川尚樹(マトリックス)が追いかけていたがもはや5名の逃げには
追いつけない走りと見えた。ここまでくると最初から逃げに加わっていた若き実力者の
西谷、石田に疲れが見え先頭のスピードが落ちた。集団ではミヤタに加わり他の
クラブチームのメンバーも先頭交代に加わり集団を追いかけていたため再び50秒くらい
まで詰め寄っていた。

ここで橋川健と岡崎一也の2選手が飛び出し先頭を追った。集団も反応して追走する。
橋川健選手はまもなく集団に引き戻されるが、岡崎選手はエンジン全開の調子になり
力強い踏み込みで先頭を一気に追った。残り2周の11回終了の通過は5名から遅れること
15秒差まで迫り先行グループに追いつくことは勢いから問題ない走りに見えた。
この周回までの先頭のスプリットタイムは4時間05分45秒で平均時速36.5kmを示していた。
そして岡崎選手の追い上げのこの回のラップは21分18秒で38.4kmという自走力であった。
参考に記すとこの回の先頭通過走者のラップが21分53秒(37.3km)であったのですばらしい
スピードといえる。このスピードのため、ここまで頑張ってきた10名近くの選手もリタイヤを
余儀なくされていた。この中には前半から中盤エース鈴木真理選手のため献身的にアシスト
していた33山下、42増田選手も入っていた。
 残り2周回に入ってまもなく岡崎選手が先頭グループに追いついた。同僚でこの選手権
2回の優勝実績のある真鍋和幸選手とアシストとして最初からレースの支配に関与していた
石田哲也選手がおりNippo勢3名と断然有利の無線での状況が場内に放送されゴール地点は
沸き立っていた。

周回賞のかかっていたポイント周回2回を1位で通過しアシストの役目を果たした選手(普久原)を
欠いたとはいえこのレースを狙って出走の田代恭崇選手、それにシマノのベテラン広瀬佳正選手
、愛三工業のエースの1人西谷泰治選手がやがて迎えるゴールの主役を演じるであろうと
誰の目にも見えた。

メイン集団はこのとき先頭から45秒の遅れでの通過であったが、果たしてこの中からアシストの
いなくなった鈴木選手とJ・ツアー上位の選手の追撃が見られるかの期待も一部あったが観衆の
目は完全に6名の動きに集まっていた。レースは生き物である。全く予想もされなかった展開で
最後の20km(1周回半)、これぞ国内トップクラスの選手の死力を尽くしての戦いであったといって
過言でないドラマが生まれた。
先頭グループ6名では追いついた岡崎が勝負に出た。アタックで5名を尻目に単騎独走。
集団では鈴木が集団から飛び出す。すかさず盛一大が反応、
それまで力を貯めていたかのようにカウンターアタックで一気に走り出した。
「アット」いう間のトラックでの培ってきたスピードで前にいる6名を追いかけた。

この時点で鈴木選手の先頭合体はなくなりJ・ツアーリーダーは岡崎選手の着順次第となった。
先頭に出た岡崎選手の気持ちは、追いかけた時のスピードの感触で自走力には自信があるため
ある残り距離からのみてある程度のスピードで走れば同僚の2人のサポートも期待できると判断
したためと思われる。

 最終回に入るベルを最初に受けたのは岡崎選手で快調なペダリングは押し切り可能な走りに
見えた。28秒遅れで真鍋、広瀬が通過、さらに30秒送れて西谷が通過した。石田、田代が遅れて
の通過であった。

田代の遅れはこの回の途中で足に痙攣が起きたため岡崎の逃げに反応できず残念ながら
勝負の神に見放されたようである。
 大会前の実車連HPの「展望」で各チームのエースの力勝負と予想していたが、序盤積極的に
レースを進めていたが、途中リタイヤした別府匠(愛三) 集団で走っている鈴木真理(ミヤタ)
 阿部良之(シマノ)で、岡崎、田代の一騎打ちが見られるのと期待していたが、岡崎の独走と
なってしまった。真鍋、広瀬も懸命に追うが差は開いている。驚いたのは最終回の盛一大の
大まくりである。

集団から抜け出したあと単騎にもかかわらず前を猛追し、痙攣でスピードが出ない田代、
力尽きた石田、西谷は勿論、真鍋、広瀬の2位グループも残り4km弱で交わし前方の岡崎を
捉えるべく最後の登りに挑戦した。刻々と入る審判車からの無線でゴールの近ずくごとに差が
つまる情報で息を呑む展開。

ゴール地点の小高い場所から見えるフイニッシュ地点300mの山合のコースに先頭の岡崎選手
が見えたときには3〜4秒、2位の走者の姿が見えず力つきたのかかと思った瞬間、追走の
盛選手が見えた。ペダル1回転ごとに力強く踏んでいるが、岡崎選手との差は縮まらない。
残り100mの上りに入ったところで最後の力を振り絞って追い込み体制に入るが約10m強と
どかなかった。最終回の追い込みはこのアップダウンの厳しいコースでよく走ったものである
と感心したが、トラック長距離でスピードもある反面、昨年の実業団山岳レース小川大会での
準優勝の実績あり、国内を代表する若手選手のNo1の力を十二分に発揮したレースであった
と思われる。
 40回目の節目大会、昨年に続いての180Km強の長丁場での記念大会すばらしい展開で
終了したこと、選手の走りに敬意を表し戦記とする。   
記 実業団専務理事 南        写真撮影:高木 秀彰・佐藤有子
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